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もてなしの精神溢れる空間で、クラシックなフランス料理の技法を根幹にした、モダンで遊び心のある料理を提供する石井信介氏。「お客様の記憶に残るひと皿を届けたい」という石井氏の想いにマイクロハーブの風味や色彩が加わり、感動をもたらす新たな料理が生まれています。
テーブルに着くと、目の前には小石を円形に並べたショープレート。訪れるお客様に「これから何が始まるのだろう?」と期待感を抱かせるセッティングとともに、オーナーシェフの石井真介氏自らがショープレートに1品目の料理をサーブする演出。そんなサプライズからスタートするのが、「Sincere(シンシア)」のコースです。
「いわゆるグランメゾンではなく、都会にありながら緑や自然を感じて食事をゆっくりと楽しめるレストランにしたい」という石井氏。その想いは、木や河原の石など、自然のアイテムを効果的に使ったプレゼンテーションにも表れています。
ショープレートに、石井氏が自ら一品目の料理を提供するのも「今日、この場に訪れてくださったお客様を精一杯おもてなししたい」という想いから。それは、お招きしたお客様に主人が自ら料理を “馳走する” 日本の伝統をベースにしたもので、日本人シェフとして石井氏が大切にするもてなしの姿勢を反映しています。
料理人になったきっかけは、料理上手だった母親の影響が大きかったという石井氏。美容師という忙しい仕事のなかでも常においしい料理を作り、誕生日にはケーキも焼いてくれた母親の姿を見ていて、「おいしい食べ物で人を喜ばせる」ことの素晴らしさに目覚めたそう。さらに、調理師学校時代に「オテル・ドゥ・ミクニ」で三國清三氏の料理に出会ったことで、「フランス料理」という未知の領域に踏み込みます。
「スズキのムニエルを食べたのですが、バターでソテーした温かいサクランボが添えられていました。魚料理に温かいフルーツって、これは一体何なんだ!と驚くと同時に、今までに味わったことのないおいしさに衝撃を受けました。」
この経験がきっかけとなり、調理師学校卒業後は迷うことなく「オテル・ドゥ・ミクニ」に入社。「修業時代は本当に厳しい環境でしたが、フランス料理の基礎から料理人としての姿勢まで、現在の私のベースとなる様々なことを学べました。まさに、原点というべき時代だったと思います」と、石井氏は振り返ります。
「料理人を目指したときに出会ったフランス料理に対する感動を、自身のスタイルを通してお客様に届けたい」という石井氏。クラシックなフランス料理の技法を根幹に置きつつ、モダンで遊び心やサプライズを感じられる料理には、伝統的なフランス料理へのオマージュと新たな時代への挑戦が表れています。
石井氏は、日頃フランス料理以外のお店に食事に行くのも好きで、自身が「おいしい」と感じたものをフランス料理の要素に置き換え、石井流のフィルターを通してお客様に提供することもあるそう。
「たとえば、マグロのお寿司はシャリの甘味と酸味、ワサビがマグロのうま味を引き立てていますが、その“シャリ”の部分を根セロリのムースとカラマンシーに、ワサビをカレーの刺激に置き換える。おいしさの構成要素を、フランス料理のフィールドに着地させるということです。」
初夏をイメージしたコースの最初のひと皿として供される料理が「牡蠣 トマト」。大ぶりの岩牡蠣はミキュイにして殻に盛り、その上にエシャロット、ふんわりと載せたトマトウォーターのエスプーマ。ビーツとケールのパウダーで赤と緑にくっきりとセパレートした表面に「紫蘇パープル」と「紫蘇グリーン」が“植える”ように添えられています。
「一般的な紫蘇(大葉)だと風味が突出しすぎてバランスが崩れてしまうし、大きい葉を細かく刻んで載せると和食の薬味のようになってしまう。マイクロハーブの紫蘇は、サイズが小さく葉のナチュラルな形状をそのまま盛り付けに生かすことができ、ほどよい香りや風味がある。ミニマムな世界観を表現したいこの料理にはなくてはならない存在です。」
フィンガーフードに仕立てた「パテ・アン・クルート」は、石井氏の原点を彷彿とさせる一品。薄く焼きあげたパイ生地の上に豚肉のパテ、コンフィチュール、コンソメジュレを重ね、「アマランサス」と「レッドマスタード」でアクセントを添えました。本来のどっしりと重厚感のある「パテ・アン・クルート」の魅力はそのままに、ひと口で食べるコンパクトな形に仕立ててモダンで軽やかな印象に仕上げています。
木の香りやニラのような味わいなど個性的な風味を持った「ウッディーナッティ」をアクセントとした「カニ アボカド」は、甲殻類とアボカドのサラダテイストの組み合わせ。ウッディーナッティ、くるみ、クランブルなどを散らして“リスがナッツを探しに来る”森の中のような世界観を演出。見た目の愛らしさ、素材感のコントラストが楽しめる前菜です。
「料理人としては当たり前のことですが、 “おいしさ”を抜きにした遊び心やサプライズはあり得ない。そのなかで近年は、マイクロハーブを含めて食材の選択肢が増え、同時にフランス料理自体の自由度、表現の幅も広がっています。おいしさを追求しながらサプライズをプラスする手段が増えたということだと思います。」
そんな中で、国産の素材を使った“日本のテロワールを感じさせる”フランス料理を大切にしていきたいというのが石井氏の想い。変化に富んだ味わいと演出を楽しめるコースには、マイクロハーブのアクセントとともに、日本人でならではのおもてなしが散りばめられています。